労い


年の瀬も迫った12月。
嵐の活動が最も忙しくなる時期の一つだ。

この時期は、特番のゲストで呼ばれることもあり、一年を振り返る音楽番組もあり、様々な番組の引き合いがある。
それに加えてレギュラー番組、レギュラー番組のスペシャル、雑誌、ドラマと多忙を極める。

「繁忙期ってやつだよねぇ…」
俺は楽屋のソファに座ったまま後ろへのけ反った。
「どしたの、急に」
いつものようにゲームに集中していたニノがちらっとこっちを向いた。
「いや、今年もこの時期が来たかと思ってねー」
俺は鞄から釣りの雑誌を取り出すとぺらぺらとページをめくった。
「その割にはなんかゆったりした雰囲気醸し出してんじゃん?」
「そんなことないよ。俺だっていろいろ考えてんの」
俺がそう言うと、
「どーだか」
ニノは画面を見ながら、ごろんと後ろにもたれ掛かかった。


「お弁当もらってきたよー」
賑やかな足跡と共に楽屋のドアが開けられ、翔くん、相葉ちゃん、松潤が入ってきた。
「おー、ありがと」
「ごめんね、行ってもらっちゃって」
俺とニノはお礼を行ってお弁当を受け取る。まだ温かい。

「いただきまーす」
飲み物も用意され、皆が揃った所で食べ始めた。
「ちょ、リーダーの唐揚げ美味しそう。一個ちょうだい」
相葉ちゃんは横から俺の弁当を覗き込んで言った。
「ん?あぁ、いいよ」
俺はお茶を啜りながら弁当を相葉ちゃんの方へ寄せた。
「マジ?ありがとー!俺これで今日一日頑張れるわ」
相葉ちゃんはガッツポーズを見せた。
「ハハハ、やっすい男だな!」
翔くんが爆笑している。
「相葉くん、唐揚げ本当好きだよね」
松潤も笑ってる。
「じゃ最初から唐揚げ入ったやつにしとけばいいじゃん。何でそれにしたの」
ニノが箸で指差しながら言った。
「その時はこっちが良かったの」
唐揚げを頬張りながら相葉ちゃんが言う。

―――元気だなぁ…
皆忙しいはずなのに。
でも俺はこの雰囲気が大好きだった。


「では、嵐の皆さん入りまーす」
スタッフに呼ばれてスタジオ入りする。
「よろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶をし、スタンバイした。
今日は歌番組の収録。今は本番前のカメリハだ。
俺らは軽快なステップで踊り、メドレーを披露した。

「はい、オッケーです。チェック入りまーす」
俺らはペットボトルに入った水を貰って、モニターの前に移動した。
「最初もっと全体的にタイトにする?そこから、ばっと広がる方が良くない?」
松潤が素早く指摘していく。
「じゃ、俺と智くん半歩寄るね」
翔くんがさっと反応する。
「ここのステップってこうだよね?」
自分の動きに違和感を覚えたのか、相葉ちゃんがニノに確認する。
「やってみる?ワン、ツー、スリーエンフォー…」
ニノが一緒に動いてみせた。

「完璧だね」
皆の様子を見ていた俺はつい、口から心の声を出してしまっていた。
「何言ってんの?まだチェック終わってないよ」
松潤が俺の言葉に反応して怪訝な顔をした。
「あ、ごめん。違う違う。独り言」
俺は手をぶんぶん振って、再びモニターに目をやった。

チームワークがって意味ね…
心の中でそう言いながら、俺らは本番に向けて最後の調整を行った。
その後本番も無事終え、メンバーは車に乗り込んだ。
撮影に行く人、取材に行く人、それぞれ次の仕事場へ向かって行った。
俺も例外ではなく、映画の撮影へと向かった。


「つっかれたぁー…」
家に帰って時計を見ると、23時半。
日付が変わらないなんて奇跡だ。
まぁ、明日5時集合だから早めの帰宅ってわけなんだけど。

俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぎながら、テレビをつけた。
「えー、というわけで、今週のイチメンでした」
聞き覚えのある声に反応して、テレビを見入るとそこに映っていたのは翔くん。
イチメンを読み終わって席に戻り、村尾さんとトークを繰り広げる。
抜群の頭の回転で受け答えをする様は、毎日朝から夜遅くまで働いていることを微塵にも感じさせないくらい、ハツラツとしていた。
「今日もいい顔してるねー。遅くまでお疲れ様」
俺は画面越しに翔くんに向かって軽く礼をし、ゴクリと喉を潤した。


翌日。
まだ暗い外の景色に白い息を吐きながら、俺は車に乗り込んだ。
「おはよーございます」
「はよー…寒いね」
俺は手を擦り合わせながら運転席のマネージャーに言った。
「12月ですからねー。それはそうと、今日から紅白の打ち合わせが入ります。今まで以上にスケジュールが密になりますが、頑張りましょう」

―――いよいよかぁ。
紅白歌合戦。年末の大イベントだ。
去年初めて出場させてもらって、余りにも大きい舞台に感動した。

それが…今年は白組の司会抜擢。
自分でもまだ全然実感はない。
松潤は聞いたその日は興奮して眠れなかったみたいだが、ニノはいつも通りだった。
プレッシャーとか考えると、縮こまっちゃって何も出来なくなりそうだから俺は敢えて何も考えない。
その場の雰囲気を感じ取ってやるだけ。

そんなことをつらつらと考えながら、ふと携帯を見るとメール着信のランプが点灯していた。
携帯を開くと翔くんからメールが来ていた。

<件名>
遅くにごめんね。
<本文>
メールありがと。
今日から紅白打ち合わせだねぇ。
朝は映画の撮影って言ってたよね?
寒いけど風邪引かないように頑張ってね。

―――そういや昨日、あれから俺、翔くんにメールしたんだっけ。
すっかり忘れていたが、ZEROを見ながら翔くんにお疲れ様メールを送ったんだ。
律儀な彼は、番組の反省会が終わってから、俺にメールを返してくれていた。
距離は離れていても繋がっている感じがして、思わず笑みが零れた。


午後9時。
俺はNHKの会議室にいた。
紅白の打ち合わせということで、スタッフの皆さんと司会の松下さん、総合司会の阿部アナウンサーが揃った。
「ここで一旦皆さんハケて頂いて、衣装チェンジがあります。終わられたらまず…」
今日は一回目の打ち合わせということで、全体の流れの説明を受けた。

約1時間半の打ち合わせが終わり、本日はお開きとなった。
「いやー、なんか実感湧いてきたね」
先頭を歩いていた松潤が興奮した表情で言った。
「独特の雰囲気あるもんね」
翔くんも大きく頷いている。
「そういえばここんとこ、イマイチよくわかんなかったんだけど、どーゆーこと?」
ニノが先程の資料を開いて松潤に確認していた。
「あー、俺もわかんなかった。教えて教えて」
相葉ちゃんも後ろから覗き込んだ。
松潤が、それはーと説明しながらちょうど到着した楽屋のドアを開けた。

楽屋に入ると、自然な流れで皆テーブルを囲んでさっきの資料を開いた。
「俺らが二つに別れるわけよ。ここで」
「あー、そういうこと。なるほどね」
皆はしっかり資料にメモを取る。
「俺ちょっと思ったんだけどさ…」
翔くんが何やら含みのある笑顔で話し出した。
「何その顔。何か企んでるんでしょ」
ニノが指差して笑っている。
「何何、翔ちゃん」
早く言ってとばかりにテンション高く相葉ちゃんが急かした。
「いや、まだ進行もあるから何とも言えないんだけど」
「とりあえず言ってみて。やりたいこと思いついたんでしょ」
松潤も翔くんの肩に手を置いた。
「ここの怪物くんとの絡みでさー…」
その後、夜遅くまで俺らは紅白司会でのアイディアを出し合った。


紅白まで残り四日。
俺らはさらに多忙を極めていた。
分刻みのスケジュールで動き、様々な司会者やゲストの方々とトークを繰り広げ、歌って踊り、撮影をし、インタビューに答えた。

どこからそんな力が湧いてくるのか?
よくインタビューで聞かれる内容だ。

……と言われても。と思う。
確かに忙しいし、疲れが全くないと言ったら嘘になる。

でも… 俺は目を閉じた。

「リーダー、お菓子食べる?」
相葉ちゃんがお菓子の入ったバスケットを差し出しながら笑う。

「リーダーさぁ、最近釣り行ってんの?」
松潤がソファの上から強引に割り込んできた。

「ちょ、リーダー狭いんだけど!」
後から入って来たくせにニノがぎゅうぎゅう押してくる。

「智くんコーヒーいる?」
翔くんがニッコリ微笑んで、はい、とコーヒーを渡してくれる。

思い浮かぶメンバーの顔。
その表情を見ていると、疲れているとか、だるいとかそういう感情なんかどうでも良くなってくるんだ。

皆が一生懸命やってるから俺もやりたい。
そういう心境なんだ。


そんなことを考えながら、ちょうど帰宅した俺はテレビをつけた。
―――そういえば、あれまだ見てなかったな…
俺はハードディスクから録画していた番組を呼び出した。
早送りをして、目当ての部分で再生ボタンを押す。

「それでは嵐で、スペシャルメドレーです。どうぞ」
画面が暗くなり、ミステリアスなオープニングが流れてきた。
クールな始まりに相応しい表情でメンバーが登場。
しかしサビのメロディーでは一変して、熱い視線とキラキラな笑顔を見せている。

画面越しにでも伝わってくる想い。
―――すげぇ…
俺は自分のグループながら、そう思ってしまった。
ただ歌っているだけじゃない、今年一年分の感謝とか、メンバーへの想いとか、歌いながらでも出せている嵐の良い空気感を感じた。

俺は瞬きもせずに画面に釘付けになっていた。
「皆、今年よく頑張ったなぁ…」
俺は改めて実感していた。
そう思うと、何だか無償にメンバーに何かしてあげたくなった。
―――そうだ!確か…あそこに……
俺は側に置いてある棚を捜索した。


そしていよいよ大晦日。
紅白歌合戦の本番だ。
朝から入念に通しのリハーサルをやり、俺達は本番に向けてスタンバイした。
「今年最後の大仕事!」
「おーっ!」
「楽しんで行こうぜ!」
「おーっ!!」
松潤の掛け声で俺達は円陣を組んだ。
「行くぜ!」
「おっしゃあ!!」
皆と気持ちを一つにし、俺らは紅白の大舞台に立った。

次々と繰り広げられるパフォーマンス。
どれも紅白ならではだ。
歌に込められた、アーティストのメッセージをダイレクトに感じて、俺は時折感動を覚えながら司会を務めた。

「それでは、良いお年をー!」
俺ら白組の勝利で、紅白歌合戦は幕を閉じた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたー」
出場されたアーティストの方々へ挨拶を済ませ、素早く着替えをして俺らはNHKの屋上に待機した。

そうこうしているうちに年が開けた。
新しい年への実感がないまま、中継が繋がる。

「さぁ。あらしー?」
「明けましておめでとうございます!」
俺達はモニター越しの人々に向かって言った。
「今どこにおんの?寒そうやけど」
イヤモニから聞こえる光一くんと剛くんの声。
「NHKです。白組勝ちましたよー」
イヤモニの向こうから、おめでとう、良かったねの声が聞こえる。

「それでは、嵐メドレー聞いてくだ、さい♪」
翔くんのちょっと楽しそうな振りでメドレーがスタートした。
俺らはステージに上がり、新年に相応しい透き通った夜空に手をいっぱいに広げて踊った。

俺らだけの、俺らのためのステージ。
開放感に浸りながら、俺は思いっきり歌った。


「おつかれー」
「白組勝利!イェイ!」
全てが終わり、楽屋に戻ってきた。
「緊張したけどさ、楽しかったよね」
相葉ちゃんが嬉しそうに言う。
「俺思いっきり噛んじゃった」
そう言った翔くんも清々しい表情をしている。

「あ、そうそう。皆、コレ」
俺は鞄をごそごそと漁り、四つの小さい紙包みを取り出した。
「何なに?」
メンバーは興味津々に集まってきた。
「……お年玉」
俺は急に照れくさくなって、ちょっとはにかみながら答えた。

「えー!!?」
「うっそ!」
「まじー!?」
「どしたの?」
一瞬の沈黙の後、異口同音の如く同じリアクションを見せるメンバー。
「いや、なんとなく…」
と言って渡そうとしたが、
「いいいや、いいよ!」
「いいよいいよ!悪いよ!」
口々に遠慮して手をぶんぶん振られた。
終いには気持ち悪いと言われる始末。
「いいから。俺からの気持ちってことで」
俺は半ば強引に渡した。
「あ、ありがとう…」
「リーダー、ありがとね…」
まだ信じられないという表情を浮かべながら、最後には皆受け取ってくれた。

「ヤッベ。超嬉しいかも」
「何に使おう」
やんややんややってる皆を、俺は微笑ましく見ていた。
実は袋には一人一人へのメッセージを込めたんだ。

―――相葉ちゃん、いつも人一倍頑張って盛り上げてくれて、ありがとう

―――ニノ、いつも率先して雰囲気作りしてくれて、ありがとう

―――翔くん、いつも嵐の先頭切っていろんなことやってくれて、ありがとう

―――松潤、行動の下(もと)にはいつも心が伴ってるよね

気づかないかもしれないけど、俺からのメッセージ。
また今年も、健康第一でやっていこうね。

俺はそう願いながら窓を少し開ける。
白い息が綺麗な夜空に舞い上がっていった。


☆☆☆
2011年のお正月のお話です。
メンバー一人一人に初めてお年玉を上げたというリーダー。
その袋には、それぞれメッセージが書かれていたということで。
最初は、翔くんの「ありがとう」と、潤くんの「下心」だけが発表されていて、
それをネタに、一人一人違う言葉が書いてあって、リーダーからのメッセージってことでお話を書こう!と。
思ったわけですよ。
ところがところが!ミュージックステーションにて、他のメンバーも「ありがとう」と書かれていた事が判明!(笑)
うわー、ネタがー!と思ったんですが、余りにもいい話だったので絶対にお話にしたくて、ちょっと捻って書いてみました。
これは、今までにないくらいノープランで書きました。
リーダーさすがだな、喋らなくても話が展開していったよって感じでした。
でも書いててすごい楽しかったです。

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