アイデンティティ


俺のアイデンティティは笑顔だと思ってる。
だけど、その笑顔がなくなってしまったら。

俺は誰なんだろう……


「この佐々倉留という主人公は、闇の部分を抱えながらも毎日明るく生きているという役なので、相葉さんなら余すことなく、演じてくれるんじゃないかと思ったんです」
ありがたい話で、こうして俺はバーテンダーというドラマで主役を演じることになった。
主題歌も、嵐が歌うことが決定した。
Lotusというその曲は、激しいアップテンポで、ダンスナンバーになるそうだ。
新しい曲、新しい仕事。俺は、これから始まる仕事に、楽しみな気持ちと頑張ろうと思う気持ちを持っていた。


「ここはあくまでバーテンの気持ちとして接する感じね。自分の気持ちを表に出すんじゃなく、相手の様子に合わせて動くイメージで」
監督の説明に俺は真剣に頷く。
ドラマがクランクインし、俺は毎日撮影に明け暮れた。
ドラマっていうのは本当に大変なんだ。
演技そのものも勿論そうだけど、その上で正確さっていうものが求められる。
バッツンバッツン切られて撮られて行くワンカットでも、視聴者は繋がって一個のストーリーと見る。
気持ちとか、カメラワークとか。
一挙一動、コマの前後でブレないようにしないといけない。
長い間ドラマの仕事はやっているが、これがやっぱりどうも慣れない。

「んーそうね…もう一回だけやっとこっか。この部分もう少し早く動ける?」
チェックをしていた監督が腕を組みながら言った。
「はい、すみません。もう一回お願いします」
俺は頭を下げ、セットの中に入った。

「あー…つっかれたぁー…」
俺は車に乗り込むなり、そう言ってしまった。
「お疲れ様です。今日の撮影は大変そうでしたね」
マネージャーが苦笑して俺を見る。
「だよね、今日俺頑張ったよね。よし、明日は焼肉食べよ」
俺はそう言って座席にもたれ掛かると、いつの間にか眠ってしまっていた。


「おはよー」
翌日、俺は嵐のレギュラー番組の収録のため、テレビ局に向かった。
楽屋のドアを開けと、まだ誰もいなかった。
そりゃそうだ。まだ入りの時間まで大分ある。

なんでこんなに早く来たかと言うと…
俺は鞄から台本を出して広げる。
収録後に撮る予定の台詞を練習するためだ。
今日はカクテルを作るシーンもあるし、気が抜けない。
いや、いつも抜けないけど…

「はよー。あれ相葉くん、珍しく早いね」
翔ちゃんが楽屋に入ってきた。
「珍しく、は余計だよー」
俺は笑いながら突っ込む。
「あはは、ごめんごめん。何、台詞覚えてんの?」
翔ちゃんは、鞄を下ろして俺の方に来た。
「そうなんだよ。こいつが厄介でさ…」
俺は台本を手で叩いた。
「ドラマって案外大変なんだよなー。拘束時間長いし、やってる時ってそればっかになっちゃう」
翔ちゃんは言いながら、ソファに腰掛けた。
「だよね、わかるー!今俺全然オフないもん」
「まじ?ちゃんと寝てる?」
翔ちゃんの顔に心配って書いてある。
「大丈夫だよ。俺、体力あるし、やれば出来る子だから」
俺はニッコリ笑った。
その表情に翔ちゃんも安心したようだった。
俺は再び台本に目を移し、結局本番までずっと読んでいた。


「お疲れ様でしたー!」
収録が終わり、楽屋へ戻る。
俺は休む暇もなく、撮影に向かわなければならない。
「相葉ちゃん」
ごそごそと荷物を鞄にしまっていると、ニノが俺の名前を呼んだ。
「ん?何?」
俺は顔も上げずに返事をした。
するとニノは俺の隣にぴたっと寄り添ってきた。
「撮影大変なの?」
俺はそんなこと一言もニノに言ったことがないから、そう言われてびっくりした。
「え、何で?」
俺は目を見開いてニノを見た。
「いやだって今日の相葉ちゃん、トークのキレがなかったからさ。珍しいなと思って」
俺の肩に手を置いて寄り掛かりながらそう言ってきた。
もちろん周りには聞こえないように小声で。
きっと皆は、またニノと俺がじゃれあってると思ってるだろう。

「あー、そうなんだ…全然意識してなかったけど。知らないうちに出てるのかな、怖いね」
俺はいつもの笑顔で笑って返した。
ニノはまだ何か言いたそうだったが、急ぐんでしょ?と俺のまとめかけの荷物を顎で指した。
「あ、そうだ時間やばい!ごめん、ニノ。ありがと!皆もまたねー!」
俺はそう言って鞄を肩に背負い、早足で楽屋を出た。
「気をつけてねー!」
と翔ちゃん。
「転ぶなよー」
と松潤。
「またねー」
これは声小さかったけどリーダー。

皆の返事を背中で聞きながら、俺はマネージャーの車にダッシュした。
「お疲れ様です。じゃ撮影所に向かいますね」
俺は車の中で、マネージャーが用意してくれたお弁当をかきこんだ。


スタジオ到着。
バーテンの衣装に着替え、俺はスタンバイした。
グラスをステアする真似をし、使用するシェイカーに入れるお酒の順番を確認する。
シェイカーを軽く振り、グラスに注ぐ振り。
コースターの上に乗せて客の前に出す。

―――おし。段取りは完璧だ。

俺は心の中でそう呟き、本番に臨んだ。
「貴方に何がわかんのよっ」
カウンターの向こうで女優さんが感情剥き出しに演技をする。
「申し訳ありません。ですが…」
俺はあくまで”バーテンの”佐々倉留として対応する。
「カット。チェック入ります」
スタッフの声で、現場の張り詰めた空気が解ける。
俺はふーっと息を吐き、チェックのため、モニターの前に行く。
皆真剣な表情で画面に見入っている。

「相葉くん」
不意に監督に呼ばれた。
「相葉くん自身の良いところは、他人の気持ちを痛い程わかるところなんだけど、やっぱりカウンターに立つ佐々倉留はもう少し凛とした感じに出来るかな」
「……わかりました。もう一回お願いします」
監督は遠回しに言ってくれたが、つまりは俺が感情を出しすぎているということだ。
俺は知らず知らずに、女優さんの迫真の演技に心を打たれ、バーテンとしての佇まいにブレを起こしてしまったらしい。

―――おし、次は出来る!

俺は自分自身を励まし、落ちつけ、と軽く胸を叩いた。

この日の撮影はいつものように深夜まで及んだ。
「やべー…ものすごい眠ぃ…」
俺は帰ってくると、そのままベッドに倒れ込んで眠ってしまった。



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パート2へ続く。→

☆☆☆
何部作になるのかわかりませんが…(笑)
相葉くん話です。
書き終わった所から、ちょこちょこアップしていきますので、お付き合いくださいませ♪

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