お節介な人たち2


「うわぁっ……!」
俺は思わず声を上げた。
「…はぁ…はぁ…あれ?」
汗びっしょりで飛び起きると、見慣れた楽屋の風景が目に入る。
―――くそ、また夢か…

「大丈夫か、ニノ?」
聞き慣れた声にびっくりして振り返ると、翔さんが立っていた。
「あ、翔さん…来てたんだ」
俺はまだ先程の夢の感覚から抜け出せなくて、それだけ言うのが精一杯だった。
まだ息が荒い。寝たはずなのに疲れは全然取れていなかった。
「冷たいの、いる?」
翔さんが麦茶を持ってきてくれた。
「ありがと…」
俺はぐったりしながら翔さんからコップを受け取る。
「大分疲れてるみたいだけど大丈夫か?さっきもうなされてたみたいだったし」
麦茶を飲み干して、ちょっと落ち着いたのを見て翔さんが話しかけてきた。
「あー…うん、変な夢見ちゃって。滅多にないんだけどね」
俺はへらっと笑って伸びをした。翔さんは俺の様子に見兼ねたのか、俺の向かいに座って言った。
「ちょっと働きすぎなんじゃないの?今朝も朝までだったんだろ?」
「だよねー、俺もそう思う」
冗談混じりに笑いながら言ったが、翔さんは真剣な顔のままだった。
「体壊したら意味ないんだよ?」
いつになく真剣な表情に俺は向き直り、笑みを返した。
「うん、わかってる。ちゃんと休めるようにマネージャーに調整してもらうわ」
その言葉に安心したのか、翔さんは小さく頷いて立ち上がった。


「はよー」
「あ、おはよー」
いつものようにメンバーが楽屋に入ってきた。
いつものように午前に番組の打ち合わせを行い、俺らは昼食にした。
「今日ここのにしない?何食べる?」
翔さんがメニューを開く。
「今日はVSだからカツカレーにしよっかな」
相葉ちゃんが決めたとばかりにメニュー表を指差す。
「何で?VSだからって、何かあんの」
潤くんが相葉ちゃんの側に寄り、メニューを覗き込んで聞いた。
「そりゃそうでしょ。勝負にカツってことで」
相葉ちゃんは会心の笑みを見せたが、それとは対照的に潤くんは呆れた顔をしていた。
「あっそ…」
「えー、じゃそれで負けたら今日は松潤のせいだからね。MDAで落ちても知らないよ」
「何でだよ!じゃ、じゃあ俺もカツカレー食ってやろーじゃん」
望むところだと潤くんもノった。

そんなやり取りを笑いながら見ていると、リーダーが俺にもメニューを見せてくれた。
「ニノは?決めた?」
俺はメニューを一通り見たが、全く食欲が湧かず、そのままリーダーにメニューを返した。
「俺今いいや。後でお腹すいたら食う」
その答えに潤くんが食いついた。
「おい、メシくらいちゃんと食った方がいいんじゃねーの?」
「そうだよ。体力もたないよ?」
相葉ちゃんも心配した表情をしている。リーダーも同じような表情を浮かべていた。
「じゃ、リーダーの半分もらうから」
俺は適当に言ってその場をごまかした。
食欲が無いっていうのもあるけど、実際に食べ物が目の前に来た時に、昨日みたいに吐き気を起こすのを避けたかった。
そんなとこ見せたら、絶対に皆心配するに決まってるんだ。


「あのさ…本当に平気?どっか具合悪いんじゃないの?」
翔さんがこっそり俺だけに聞いてきた。
「ごめんね、心配かけて。最近生活リズムが崩れてて、変な時間に食ったりしてるから腹減る時間がずれてんだよね。食べるより寝たいから、ご飯の時間寝かせて?」
半分本当で半分嘘の言い訳をし、俺は上目遣いに翔さんを見た。
「そんな目で見んなよ…ならいいけどさ」
翔さんは苦笑しながら注文するために電話を取った。
俺は上手くごまかせたことにほっとし、座ってゲームのスイッチを入れた。
「…うっ……」
黒い初期画面が表示された瞬間、俺は吐き気がして、口を抑えたままダッシュで部屋を出た。

「ゲホゲホッ…!はぁはぁっ…はぁ…」
―――またか…
俺は肩で息をしながら鏡越しに自分を見た。
ゲームの黒い画面と、あの黒い液体にまみれた星人が重なった途端、気持ち悪くなったんだ。

慌ててトイレに駆け込んだ不自然な俺の行動は最早ごまかしようがなかった。
―――あー…皆に何て言おう……妊娠とか?
こんな時でも危機感の無い答えが出てきた自分に笑えてきて、俺は頭を掻いた。
「おい…」
沈黙を破る声にびくっとして振り返ると潤くんが立っていた。
「お前…全然大丈夫じゃねーだろが」
ため息を付きながら俺の横に来て、寄り掛かるようにした姿勢でこっちを見てきた。
「体調悪いの?」
俺の長めの前髪をかきわけ、潤くんが手の平を俺のおでこに当てた。
「んー…熱は大丈夫そうだな。とりあえず楽屋戻るぞ」
有無を言わせないその態度に俺は従った。


「あ、ニノ!大丈夫?」
楽屋に戻ると、相葉ちゃんが駆け寄ってきた。
「とりあえず横になっとく?」
翔さんが近くに来て俺の背中をそっと支え、ソファに促した。
「なんか、ごめんね…結局心配かけちゃって…」
「どっか悪いの?」
リーダーが寝ている俺の横に寄ってきて聞いた。
「いや、病気とかじゃないんだよね」
俺は観念して話し始めた。
「最近の夜の撮影で、結構グロいシーンが多くて…。刺激が強いせいか、撮影終わってもまだここに残ってるみたいで」
俺は頭を指差しながら言った。
「寝ようとしても、そのキツイシーンとかが思い出されて寝れなかったり、ご飯食べようとしても気持ち悪くなっちゃったりで…」
「それでさっきメシいらないって言ってたんだ」
潤くんが腕組みをしながらこっちを向いた。
「それに加えて、さっきはゲームの画面見たら突然吐き気がしてさ…」
俺は楽屋の天井を見ながら言った。
「今まで役を引きずるなんてなかったもんだから、俺自身も戸惑ってて…生活リズムが崩れてるせいかな」
話終わると、俺は目に腕を押し当てて蛍光灯の光りを遮った。

「そうだったんだ…それはキツいね」
リーダーが横から俺の髪を撫でながら言った。
「ん…でも慣れだと思うから、大丈夫だよ」
「俺が一緒に寝てあげよっか」
相葉ちゃんがひょこっと近くに来た。
「相葉さん…俺夜は基本撮影なんで」
相葉ちゃんの思いつきに俺はわざと呆れた声を出す。
「あ、そっか…。んーじゃ撮影終わるタイミングで…」
「でも朝になったら今度は相葉くんも仕事あるでしょ」
翔さんが突っ込む。
「だよねぇ…難しいなぁ。いっそ俺も夜の撮影付き添う?」
「それじゃ意味ねーじゃん」
潤くんがバッサリ切り捨てる。
真剣に悩んでる相葉ちゃんと皆の会話にふっと笑みが漏れた。
よくわからないけど、すごくリラックスした気分になってきた。
「そのまま…」
「え?」
俺の呟きに反応して、リーダーが聞き返してきた。
「みんな…そのまま喋ってて…みんなの声聞きながらだったら寝られそう」
「ニノ…」
「リーダーはそのまま俺の髪触ってて…」
俺は心地良いリーダーの手の感触に甘えた。
リーダーは、一瞬間を置いてからくすっと笑い、
「わかったよ」
と優しく言った。


翌日。
俺はいつものように朝まで撮影をこなし、いつものように早めに楽屋に着いた。
寝られるかわからなかったけど、とりあえず横になるだけでも…と楽屋のドアを開けようと手をかける。
―――何か賑やかだな…
中から話し声が聞こえたのと同時に、俺はドアを開けた。
「はよー!」
「おはよ、撮影お疲れ様」
そこにいたのは揃いも揃ったメンバー全員の姿。
「あれ…皆どしたの。今日って早入りだっけ?」
俺はきょとんとして、慌てて時計を見る。
「ちげーよ。んじゃま、とりあえず俺から」
手をパタパタさせ、潤くんが鞄から水筒のようなものを取り出した。
「蜂蜜と生姜の紅茶。糖分入ってるから即効性のエネルギーになるし、生姜の殺菌作用で体の毒素も浄化させてくれる」
潤くんはそれを俺に渡した。
俺は何が何だかわからなかったが、差し出されるがまま受け取り、
「あ、ありがと…」
と返した。
「次は俺ね。じゃーん!相葉家特製卵スープ」
相葉ちゃんは蓋がぴっちり閉められた容器を渡してきた。
「卵とニンニクとネギ入りだから栄養満点!スープだから食べやすいでしょ」
相葉ちゃんは得意気に説明をする。
「え、これ実家からわざわざ?」
翔さんが聞いた。
「そそ。昨日電話してちょっ早で届けてもらったの」
「あ、ありがと」
俺は相葉ちゃんから受け取った。
「次は俺。俺はこれ、アイマスク。ただのアイマスクじゃなくて、体温と同じ温度になって、α派が流れてくるんだ。さらにラベンダーの香りでリラックス効果があるんだよ」
翔さんがニッコリ笑って箱に入ったアイマスクを渡して来る。
「それ、いいね!どこに売ってんの?」
メンバーも食いつく中、受け取り、俺はお礼を言った。
「最後は俺」
リーダーが隣の部屋から鍋を持ってきた。
「何これ?」
蓋が閉められた小さい手鍋に俺は首を傾げた。
「お粥」
ふふっと笑いながらリーダーは蓋を開ける。
そこには白いご飯で作られたお粥と、真ん中には梅干しが一粒。
「まぁ、食欲ないときはね。お粥かなって」
「ちょ、リーダーやる気なくない?俺超考えたのにさ」
横から相葉ちゃんが鍋を覗き込んでぶーぶー文句を言った。

「皆…もしかしてこれ全部俺のために?」
目の前に並べられた水筒やらアイマスクやらを見て俺は言った。
「あったり前じゃん。だってさ、ニノが調子悪そうにしてんの見てられないんだよ」
翔さんが横に来て、ポンと俺の肩を叩いた。
「だから、皆で話し合って何かニノの役に立てそうなものを持ち寄ろうってことになったわけ」
潤くんが白い歯を見せる。
「そーなんだ…」
俺は驚きで口が開いたままになっていた。
「でもさ、リーダーのこれどう思う?俺なんか相葉家特製なのにさー!」
「でも作ったの相葉くんじゃないでしょ」
相葉ちゃんの発言に翔さんが口を挟んだ。
「そりゃそうだけどさぁ…」
相葉ちゃんは不満げ。
「……」
俺はまだ呆気に取られていて、皆のやり取りを眺めていたが、俺のためにいろいろ考えてくれたと思うと、何だかくすぐったくなった。
―――皆だって仕事忙しいのに…。……全く、どこまでお節介なんだか…

「ありがとね。せっかくだから頂こっかな」
微笑みながらお礼を言って、俺はリーダーの持っていた鍋に指を突っ込んで、一口なめた。
「あ、ん…うまい」
優しい味にほっとする。
「あ、本当?良かったー」
リーダーが嬉しそうな顔をした。
「あ、ちょ…食べるなら俺の食って!」
相葉ちゃんがコップにスープを注いで持ってくる。
「翔くんのこれスゴイね。俺普通に欲しいわ」
潤くんがアイマスクを手に取って開けようとした。
「ってコラ!ニノのために持ってきたんだから開けんなよ」
悪戯っぽく笑ってる潤くんに翔さんが突っ込んだ。

―――なんか…この人ら、ホント楽しそうだな。
わいわい騒ぐメンバーの会話を聞きながら、俺はスープを口に運ぶ。吐き気は治まっていた。
そんなお節介なメンバーに支えられ、日々過ごせていることを実感し、俺は心から感謝した。



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☆☆☆
後編です。
当時、コンサートか何かの記事で、「最近ずっと星人と戦ってたから擦れてて。コンサートで元気になれた」って
いうのがありまして。GANTZの撮影が本当に大変なんだなぁって思った記憶から生まれたお話です。
しかし、後半勝手にニノが話を進めていって、意図するところと違う方向になってしまってまとめるのが大変でした(笑)
皆の声を聞きながらだったら眠れる、とか完全に最初に無いエピソードでしたからね。
衝撃でしたよ、書いてて。え、ニノ、皆の声聞きながらだったら眠れるの?まじ?みたいな(笑)
ともかく、映画も大ヒットしているみたいで良かったです。4月23日が待ち遠しいです♪

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