俺たちの仕事


その日はごく自然に一日を過ごしていた。
まさかあの瞬間から、こんなにも日本が変わり果てた姿になるとは予想せずに……


「では次、目線こっちお願いしまーす」
俺達はナナメ上から、少し身体を動かしてカメラの方に視線を移す。
「櫻井さん、大野さんの肩に手を置いてもらっていいですか?」
「はい」
俺はスタッフの要求通りに、智くんの肩に手を置く。
「はい、じゃ続いて少し位置変えます」
五人並びから、ニノと智くんが前、俺、相葉くん、松潤が後ろ並びになった。


その時。

突然足元が少しずつ揺れるのを感じた。
「あ、地震じゃね?」
松潤が天井の辺りを見ながら言った。
他のメンバーも、そうだねとか言いつつ、この時はまだ激しい揺れじゃなかったため、そこまで気にしてはいなかった。

しかし…揺れは収まる所か、徐々に激しくなっていった。
「ちょ…これヤバイんじゃ?」
俺がそう呟いたのとほぼ同時に、スタッフに呼び掛けられた。
「すいません!一旦机の下に避難お願いします!!」
そうこうしているうちにますます揺れは強くなっていった。
照明の機材が激しい音を立てて倒れる。 女性スタッフの悲鳴が上がった。

「翔くん、何してんの。早く!」
松潤に言われて我に返った俺は、既に皆が避難している机の下に身を滑り込ませた。
ガタガタと激しく機材が揺れ、背の高いものは軒並み倒れていった。
俺は凄まじい光景にただ唖然とするばかりだった。


数分後。
とてつもなく長い時間に思われた揺れが一旦収まった。
「…凄い揺れたね」
俺の隣に身を小さくして避難していたニノが言った。
わらわらと一時避難していたスタッフが出てきて、倒れた照明やレフ版等を起こし、片付け始めた。
俺達も机から出て手伝おうとしたが、割れたガラス等があるらしく、危ないということで断られた。
「見て。震度7だって…」
信じられないというように相葉くんがテレビの速報を指差した。


ガタン…

「え……」

先程の聞き覚えのある、嫌な音がしたと思うと、再び建物が大きく横に揺れた。
「うっそ…!」
俺達は反射的に机の下に潜り込んだ。
先程の揺れと同じくらい強い揺れを感じ、再びスタジオはめちゃくちゃになった。
俺達はただ事じゃない揺れにただ収まるのをじっと待つしかなかった。

「すいません、中は危険なんで、一旦外に出てもらえますか?」
揺れが収まり、スタッフの呼び掛けに従い、俺達は階段を使って外に避難した。
外に出てみると、ビルから避難して来た人々でごった返していた。
そしてまた襲ってくる余震。
電柱が揺れ、窓ガラスが激しい音を立てていた。

「ちょっと今日のところは撮影再開出来る状況じゃないんで、一旦終了ということでお願いします」
スタッフが済まなそうに謝ってきた。
「いえいえ、謝らないで下さい」
俺達が話していると、マネージャーが電話を切りながらこっちに来た。
「とりあえず事務所から自宅に帰らせるよう言われました」
どうやら先程の地震に関して、事務所から安否確認の連絡があったようだった。

俺達は全員同じ車に乗り込んだ。
マネージャーがテレビをつける。
そこに映された光景に、俺は息を飲んだ。
「なにこれ…」
「…」
他のメンバーも絶句している。
画面には、日本の三分の一の沿岸が赤く点滅し、半分がピンク色に点滅していた。
広範囲に並ぶ、震度7や6の数字。
テロップにはマグニチュード9.0の文字が出た。

「これ、相当被害出てるんじゃ…」
食い入るように見ていた松潤が呟く。
「相葉ちゃん、実家大丈夫なの?」
ニノが振り向いて相葉くんに聞いた。
「わかんない…全然連絡が取れなくて…」
相葉くんの声は震えていた。
「智くんのお父さんって東北地方出身じゃなかった…?」
俺は恐る恐る智くんに聞いた。
智くんは深刻な顔をして頷いた。
やはり携帯電話は繋がらないみたいだった。

道路は予想以上に混雑していた。
その間にも10分くらいの感覚で余震は続いた。
テレビの画面に次々と表示される地震速報。
しかし余りにも頻発していて、全く追いついてはいなかった。
各局では、アナウンサーがヘルメットを被りながら、現地の様子を報道している。
阪神大震災を上回る被害と報道され、今回の地震の大きさを物語っていた。

「これからどうなるんだろう…」
一向に進まない大渋滞の中、俺達は何時間もかけて、ようやく自宅にたどり着くことが出来た。
「今後の予定に関しては、こちらから連絡します。それまで自宅待機でお願いします。常に連絡を取れるようにしておいて下さい」
マネージャーにそう言われ、俺は自宅のマンションに下ろされた。
「じゃ、お疲れ」
「気をつけてね」
メンバーに見送られ、俺はワゴン車のドアを閉めた。
オートロックを解除し、エレベーターで自室の階に行く。
その間も俺の携帯には、次々と自分の安否を気遣う友達や知り合いからのメールが相次いだ。

部屋に着き、テレビをつける。
「……嘘だろ」
そこには、都内で電車が止まり、帰宅難民と化した人々がぞろぞろと連なって歩いて帰る様や、公共施設に避難する様子が映っていた。
その施設には、昔嵐がコンサートをやった横浜アリーナも含まれていた。
とてもいつも俺が感じている東京のイメージとは、似ても似つかないものだった。
そして映り変わり、東北地方の様子。
夜になり、一層救助が困難なことを、スタジオからアナウンサーが不休で伝えていた。

その日の夜は、余震とテレビの放送が気になってあまり眠ることが出来なかった。


次の日、やむなく自宅待機を命じられた俺は、週末のイベントが次々と中止になっていることを聞いた。
俺自身も、今日明日と仕事が入っていたが全て延期。
道路も電車も混雑しており、とても身動き出来る状態じゃなかった。
テレビも全ての放送を中止し、CM無しでずっと被災地の様子を伝え続けていた。
そんな中、メンバーの家族やスタッフは全員無事だとの連絡が入る。


そして日曜日。
俺は月曜のニュースZEROが、二時間の番組構成を組んでいて、村尾さんが既に被災地に向かっており、そこから中継を繋ぐ事を聞かされた。
「こんな状況ですし、万が一の事があるので、報道フロアと、現地からの中継の二つを繋ぐだけでもいいって言われましたが…」
マネージャーが電話の向こうから、俺の意見を待っていた。
この日本の緊急事態をテレビ越しにではあるが目の当たりにし、俺は正直日本が置かれている状況に戸惑っていた。

俺が…伝えていいのか…
俺なんかが、この…日本の大惨事を全国に報道していいのか…

マネージャーからの言葉の重みをずっしりと肩に感じ、俺は受話器の向こうでしばし沈黙していた。

「あ、でも大丈夫なんで。もともと二本でやるみたいな意向だったんで…」
俺の沈黙を察し、マネージャーが言った。
「待ってください…」
「はい?」
俺は息を吸った。
「俺に、俺が出来ることなら…ぜひやらせて下さい」
体裁なんて構ってられない。出来るか、じゃなくやるんだ。俺は力強く言った。


月曜日。
マネージャーからの迎えの車に乗り、日本テレビのスタジオに向かった。
相変わらず道路は混雑しており、いつもの倍の時間をかけて俺はスタジオに到着した。

「おはようございます。よろしくお願いします」
俺は丁寧にお辞儀をし、原稿を貰って打ち合わせに入った。
「基本流れとしてはこの通り行きますが、途中で状況が変わると予想されますので、その時は随時指示させて頂きます」
スタッフも緊張気味だ。
生放送としては、三時間司会をやったりしているから、二時間はまだ慣れの範囲ではあるが、いつも知らずのうちに頼りにしている村尾さんがいなく、実質スタジオでは俺が進行を引っ張っていかなければならない。
さらに、現地と中継が繋がるということで、質問内容やコメントも、その場で対応するという、頭の回転も要する状況だ。
それに加え、シビアな内容であるため、発言には十分注意しなければならない。

「一旦休憩しまーす」
流れを確認出来たところで、休憩に入った。
「…ふー……」
俺は張り詰めていた緊張から解き放たれたように長い息を吐くと、席を立って自販機に向かった。
コインを入れてボタンを押す。

……ガタンッ

予想以上に大きな音を立てて、缶コーヒーが出てきた。
俺はかがんで缶を取り出し、プルタブを開けて一口喉に流し込んだ。
冷たい液体が食道を通って胃に流れる感覚が何とも言えない。
「後二時間か…」
俺は腕時計を見て呟いた。

原稿打ち合わせの後、実際にスタジオに入り、通しの打ち合わせをする。
今回は、俺のいるスタジオと、報道フロア、現地と三つの場所から放送し、しかもVTRも多様するため、どの場面でどこと繋ぐのかしっかり把握する必要がある。
合間には、トピックの原稿を覚えた。
視聴者に訴えかけるには、原稿内容を全て把握し、自分の言葉で気持ちを込めて話すことが必要不可欠だ。
四年間やってきた経験からそう言える。


本番まで後一時間になり、俺は楽屋でスタンバイすることになった。
俺はスーツに着替え、テレビをつける。
状況は全く変わらず、被災地の悲痛な叫びが画面を通して伝わってくる。

―――今から俺が、この状況を伝えるんだ…

改めて実感すると、急に心臓の鼓動が早まっていった。
テーブルには、お弁当が用意されていたが、とてもそんな気分じゃない。

―――落ち着け、落ち着け…

テーブルに肘をついて拳を握って額を支え、目を閉じる。
自分の息の荒さに自分で驚きさえする。
楽屋が寒いのか、少し震えている気もした。

「クソッ…しっかりしろ、俺…」
無理矢理自分の中の不安や緊張を抑えるため、俺は声に出して呟いた。



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後編へ続く。→

☆☆☆
今回の東北関東大震災に関するお話前編です。
もう、正直この震災を元にお話を書くかどうか本当に本当に迷いました。
だけど震災後、ニュースがずっと頭から離れなくて。
こんな状態で全然関係のないお話を書くのは無理だと思いました。
翔くんだったら、嵐だったら…この震災をどう受け止めるんだろうってずっと考えてて。
ニュースではいつか報道されなくなっちゃうことは事実で。
でも忘れちゃいけないと思うんですよね。
だから残すことに、書くことにしました。
不快に思われた方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい。
でも、私自身も真剣に向き合って、事実に即して書きました。
と、思っていましたが…オトノハの更新により、結構フィクションが入ってます。
後編も随時アップしていきます。

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