アイデンティティ3


しかし…
なんで?って言うくらい、今回の曲のフォーメーションは複雑だった。
全然覚えられない。
「まぁ、PV撮影まで時間あるし、今日全部覚えろってんじゃないしょ」
休憩中、ニノが隣に来て言った。俺はぼーっと前を見たまま、そだね、と小さく呟いた。

午後になり、メンバーはそれぞれ個々の仕事に向かって行った。
俺は雑誌の取材か…
―――こんな気分のまま取材なんか受けられたら迷惑だよなぁ…
疲労のせいか、上手く切り替えが出来なくなっている。

「相葉くん」
楽屋を出ようとする時、不意に俺を呼ぶ声がした。
振り返ると、翔ちゃんだった。
「何か大変そうだけど、俺に出来ることあったら言ってよ」
ニコリと笑顔を見せた。
「ま、今日の振りについては俺も出来なかったからそれを聞かれても困るけどね」
翔ちゃんは苦笑して肩を竦める。
「うん、ありがと…俺、もう行かなきゃ…」
俺は力無く答えると、楽屋を出た。


―――俺、どうしたんだろ…
廊下を歩きながら俺は自分の違和感を感じていた。
そっと自分の頬に手を当てる。

―――俺、笑えてない。
いつもごく自然にやっていることなのに、それが出来なくなっていた。
ここ数日間、緊張状態にあったせいなのか、疲労が極限まで達しているからなのか…

―――ヤバイ、どうしよう…
慌ててトイレに駆け込み、無理矢理笑ってみるが、それは到底笑顔とは言い難かった。


俺はショックで頭を思いっきり殴られたような感覚を受けた。
心臓の鼓動がどんどん早まる。
息を吸っているのに吸えていないみたいに息苦しい。
―――俺、どうしちゃったんだ…
手洗い場に手をつき、俺は力無く項垂れた。
その時、マネージャーからの呼び出しがあり、俺は否応なしに次の取材の現場に向かうことになった。


「…ただいまー…」
力無い動作で、俺は暗い部屋の電気をつける。
そのままベッドに直行し、顔から倒れ込む。
「どうすりゃいいんだよー…」
思わず口をついて出た言葉。
あの後の取材は、一人だったということもあり、何とかなった。

でも明日からは…
明日は嵐のレギュラー番組の収録だ。
バラエティーなのに笑えないヤツなんてはっきり言って必要無い。
長年バラエティーをやらせてもらっている俺がそれを一番良く理解していた。

その夜、俺は中々眠ることが出来なかった。


翌朝。
寝たんだか寝てないんだかよくわからない気分で目覚める。
無情にも刻々と時間は迫ってきて、俺は重い足取りで家を出た。
楽屋に入ると、皆はもう来ていた。
俺は台本を読む振りをしてなるべく皆と関わらないようにした。

そして一本目の収録スタート。
俺は皆に様子がおかしいことを気づかれないように、無理矢理テンションを上げた。
笑えなかったが、何とか上手くごまかせた…はず。

「一旦休憩になります!」
二本目までしばし休憩となった。
俺は一人になりたくてトイレに直行した。
「はぁ……」
思わず漏れるため息。
テンションを無理矢理上げるのも体力の限界にきていた。
もう少し一人で休みたかったが、いつまでもこんなところにいるわけには行かない。
俺は楽屋に戻った。

「ねぇねぇ、相葉ちゃんさぁ…」
ソファに座った途端、ゲーム機を持ったニノが寄ってきた。
「貴方今日体調悪いんじゃないの?」
どうなの?と言いたげにじっと見る。
「あんま寝てないでしょ」
そう言いながら、ソファの背もたれに寄り掛かってきたのは松潤だった。
「なんか心配事でもあるの?」
翔ちゃんまで近くに来て俺の向かいに座った。
「……」
そしてリーダーも。リーダーは無言で心配げに俺を見ていた。

―――もう…皆鋭過ぎだよ…
俺は矢継ぎ早にされる質問に、どれに答えていいかわからなくなっていた。
「俺らで良かったら話してみなよ」
翔ちゃんの言葉に合わせて、ニノが背中をぽんぽんと軽く摩ってくれた。

「うん…」
皆の暖かさに後押しされて、俺は全部話すことにした。
「最近…ドラマの撮影がハードで、全然寝れなくってさ。そのお陰で集中力も持たなかったりで…。踊りも頭に入ってこないし」
俺は下を見ながらぼそぼそと話し始めた。
「だから…集中力を持たそうと気を張ってたら、どうやら張りすぎたみたいで…」
そこで俺はふーっと息を吐いた。
皆は真剣に俺の話を聞いてくれていた。


「その結果……俺、笑えなくなっちゃった…」
俺は声が震えるのを必死で抑えた。
「え……」
皆驚いた表情をしていた。
「アイドルなのに笑えないなんて引くよね。何年やってんだって感じだよね…自分で自分が情けないよ…」
何か泣きそうだ。
「相葉雅紀から笑顔を取ったら何にも残らないのにさ……俺、一番大事なもの無くしちゃったみたい…」
目を隠すように手で覆い、俺はそこまで話すと俯いた。

「相葉くん…」
皆ほぼ絶句。
そりゃそうだ。
俺が逆の立場だったら何て言ったらいいかわかんないもん。
「笑えないってどういうこと?」
翔ちゃんが俺を覗き込みながら聞いた。
「俺にもわかんない。頬の筋肉が上手く動かせなくて……笑い方忘れちゃった…」
俺は首を振った。
「そんなに思い詰めてたんだ…」
松潤が俺の肩の辺りを撫でてくれる。
その体温と手の感触が有り難かった。

「相葉ちゃんさ…」
それまで黙って聞いていたリーダーが口を開いた。
「笑い方忘れちゃったんなら、また思い出せばいいじゃん」
そう言っていつもみたいに、柔らかく笑った。
「リーダー…」
リーダーの言葉が余りにも予想外だったんで、俺は顔を上げてリーダーを見た。
「そうだよ。笑わないといけない決まりなんてないしさ」
ニノが背中を撫でてくれる。
「でも笑えなかったら、俺じゃない…」
俺はすがるようにニノを見た。
「さっき相葉雅紀イコール笑顔、みたいなこと言ってたけど、相葉くんの魅力はそれだけじゃないでしょ」
松潤が真剣な顔で俺を見た。
「俺もそう思う。相葉くんの魅力は、存在そのものだと思うけどな」
翔くんも大きく頷いていた。
「だから、いいんだよ。笑えない時は無理して笑わなくて。また笑えるようになったら笑えばいいよ」
ね、とリーダーは皆を見渡す。
「その分俺らが笑うし」
皆同意とばかりに頷いた。

「みんな…」
俺は涙を堪えるのが限界だった。
ぽたっと一筋、涙が頬を伝って手の平に落ちる。
ここ数日間我慢していた感情が一気に解放された感じがした。
「もー、泣かないの。大丈夫だから。俺ら味方だから」
ニノが横から俺の頬をぎゅむりと引っ張る。
「ちょ、痛ぇよ!」
俺は思わずニノの手を払いのけた。途端に皆から笑いが起きる。
「あれ?相葉くん、笑ってるけど…」
笑いながら翔ちゃんが俺を指差した。
「ほんとだ…」
リーダーも笑いながら俺を見る。
「あれ、俺…」
俺はぱっと自分の頬を触った。
確かに頬骨が上がっている。
「やったじゃん!」
松潤がハイタッチを求めてきて、俺はわけがわからないまま手を合わせていた。

「何でだろ…」
俺は改めて自分の頬を触りながら言った。
「きっと、話したことで張り詰めていたものが解けたんじゃない?」
ニノが頷く。
「もー、心配させないでよね」
翔ちゃんが力いっぱい俺を叩いた。
俺は肩の辺りが徐々に楽になっていくのを感じていた。
知らないうちに肩に物凄い力を加えちゃっていたようだ。
「でも溜め込むのは悪いクセだよ」
リーダーが人差し指を立てながら言った。
「せっかく五人でやってるんだからさ。上手く使わないと」
松潤はそう言ってウインクして微笑んだ。
「えー、俺相葉くんに使われるのやだー」
そう素っ頓狂な声を上げたのは翔ちゃんだった。
「ちょ…翔ちゃん、それ酷くない?」
俺は思わず突っ込みを入れる。

―――なんだろ、この安心する感覚。
体が勝手に反応するみたいだった。


俺が俺として居られる場所。
俺を俺として認めてくれる場所。

そんな場所がある俺は最高に幸せな人間だった。


「嵐さん、二本目お願いしまーす!」
「はーい」
返事をしてお互いの顔を見合わせる。
自然と笑顔が生まれていた。

「いこっ」
はにかみながら、俺の方を見てリーダーが言った。


俺のアイデンティティは、相葉雅紀だ。
それを証明してくれるのは紛れもなく、嵐のみんな。

今も。そしてこれからもずっと。


「うん!」
俺は元気良くそう答えると、皆の後を追った。



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☆☆☆
この話のきっかけは、cutだったと思うんですけど、相葉くんの単独インタビューの記事から。
インタビューの内容が濃いものだったし、すっごくいっぱい語ってくれたから相葉くんをいつもより垣間見れたんですよね。
その中で、「嵐の中の俺の位置は、ピーチクパーチク言ってればいいだけだから、誰でも出来る」って言ってたのがすごく印象的で。
自分では、そう思っているのかもしれないけど、これって中々出来ないことだと思うんです。
そして、こういう人がいるだけで本っ当に周りは救われるんですよ。
そのインタビューでは、相葉くんの明るさの裏に秘めた「考え」を感じました。
人一倍気遣いな面と、優しさとプラス思考…いろんな表面と裏面を絶妙にバランス取ってる人だと思うんですね。
表と裏の距離、振り幅が最も遠い人な印象ですね。だからいつもお話が長くなっちゃうんです(笑)

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